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小樽「た志満」、田島明宏さんが新社長に就任 コロナ禍も力強く船出

取材に応じる田島明宏さん

取材に応じる田島明宏さん

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 小樽市内で飲食業を展開する「た志満(たじま)」(小樽市花園3)で1月13日、田島明宏さんが新社長に就任した。前社長の田島幸明さんは会長に就任した。

田島明宏さんの握ったすし

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 同社は1973(昭和48)年、和食の職人だった田島幸明さんが創業。石川啄木が間借りして住んでいたとされる南部煎餅屋を改築し、和食料理店「た志満」を開業したのを皮切りに、花園や稲穂で多店舗展開した。2002(平成14)年には、小樽市指定歴史的建造物の旧小樽無尽本店1階に創作和食を打ち出した「花園遊人庵」(花園4)をオープンし、2階を宴会施設、3階を多目的スペースとして改築すると、平成不況で閉業したホテルや大型飲食店の宴会や団体客の需要に応え、事業を拡大した。現在は3店舗を運営する。従業員は約30人。

 田島明宏さんは1976(昭和51)年生まれ。小樽潮陵高校卒業後、大学進学のため上京。大学時代は、アメリカンフットボールに熱中した。大学3年時にはボクシングジムに入門し、プロライセンスを取得。大学卒業後は4年間、司法試験に挑戦した。

 最後の司法試験挑戦は実らず、料理人の道を歩もうと決めた明宏さんは調理師専門学校に進学、その後、札幌の和食店で2年半修業し、2008(平成20)年、同社に入社した。明宏さんは「修業先では、『手先が器用なほうではない。経営者としての知見も同時に身に付けなくてはいけない』と言われ、自覚した」と振り返る。「花園遊人庵」の運営を任されると、料理の研究を重ね新メニュー開発に取り組んだ。「私は職人気質で会社を一から立ち上げた父とは真逆のタイプで、母親似」と明宏さん。

 音楽の趣味を通じて知り合ったという妻、3人の娘を持つ明宏さんは家族について、「母は初孫が生まれる3カ月前に死去した。亡くなる前、生まれてくる孫のために母が贈ってくれたベビー服は、妻が大切にして3人の娘全員が袖を通した。少しは親孝行になったかな」と話す。「父親は厳しさも優しさも昔から変わらないが、あまり仕事に細かいことを言わなくなったので、自分がしっかりしなくては」とも。

 明宏さんは「新型コロナウイルス感染拡大により利用客が激減したため、今後の経営の見通しが立たない。もしコロナ禍がなければ、会社はうまく回り、維持していくことが目的になっていたと思う。今は地元客がほとんどだが、昔からのお客さんを大切にしながら、道外や海外の旅行者にも来てもらえるよう店を変えていくことも必要かもしれない。期せずして、自分の色を前面に出していかなければならなくなった。地域とともに会社を発展させ、雇用も維持していかなければ」と力を込める。

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